2012年5月11日 (金)

今年のゴールデンウィーク(GW)

今年もアット言う間にGWが過ぎてしまった。

3日の朝、倅が大坂よりバスで帰省した。バス事故があった後なので心配したが、路線バスなので運転手も2人体制なので心配ないとのことであっても親とすれば心配である。

運転手が2人いようと、運転しているのは1人でもう一人は仮眠しているだけで、助手席で一緒にいるわけではないのだから。

それに、低気圧が停滞していた関係で大雨、それでも約1時間程度の遅れで無事についた。

娘が2日の夜来ることになっていたが、娘婿の仕事の関係で車で来ることが出来ず、電車では子供をつれてくるのでは大変なので今回は帰省は中止にした。

本来犬が二匹こちらにいるので、予防注射の関係で二匹とも引取りに来ることになっていたが、5月中に来ることにした。

娘は蔵王のお釜と山寺(立石寺)に行きたかったようであったが、夏に来た時まで延期にした。そのほうが混雑しないで良いかも知れない。

Simg_5974 今回は倅と三人で会津美里にある伊佐須美津神社の薄墨桜が満開とNHKで言っていたので、4日の日が大雨だったので心配したが、やはり葉桜に近い状態であった。

この伊佐須美神社2008年10月に火災により本殿等が全焼し、現在は仮殿であり此処に参拝した。

新社殿は壮大な社殿が再建される予定で「天空にそびえ立つ神殿」として古代出雲大社形式で地上32mの大きな神殿が完成するそうである。

残念ながら大きな完成予想図があったのだが、太陽の位置の関係で反射してしまい、よく撮れそうもないので諦めた。

折角、会津美里、高田の名所旧跡を訪ねた。

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                 龍興寺本堂

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               弘安寺(中田観音)

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             法用寺境内の三重塔

会津美里を出て、会津若松で昨年の夏に娘と歩いた「七日町通り」で漆器を展示している白木屋漆器店を見学ここは夏に娘と来た時、御椀を買いたいと思い漆器店を駐車場の案内の方に聞いたところ、白木屋さんは高級品が多いとかで敬遠したところで、今回は思い切り入り見学させてもらった。

展示品を見ると私が思っていたほど価格的に高い商品ばかりでなく手頃なものも結構多く今回は展示品の見学だけで済ましたが、また近いうちに訪ねてみようと思っている。

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2012年4月22日 (日)

いわきの桜(Ⅱ)

いわき市小名浜には小名浜特別地域気象観測所(旧小名浜測候所)のソメイヨシノが標準木である。

Simg_5951_7 昨年の津波で60cmほど、冠水したが今年も無事に開花してくれた。現在はこの観測所無人である為、地元の市民団体「小名浜まちづくり市民会議」が開花宣言を行っている。

今年は4月13日に東北で一番早い開花宣言であったが、平年より1週間、昨年より4日遅い開花であった。                            Simg_5944_5

東北の春はいわき市小名浜から桜が咲き、準じ北上して行くのだが、今福島市も満開になったと放送していた。

先日、19日にいわき市 小川郷の諏訪神社のシダレサクラを見てきた。

Simg_5952 昨年は震災やらで桜見物の余裕がなかったが、妻との約束もあり、又夏井川渓谷のアカヤシオが見頃を向かえているはずで是非この花も妻に堪能して欲しかった。                                                        Simg_5960_6                  

一昨年私一人でバイク行き、その時は素晴らしい天気であったが、今年は曇りの日が多く、見た目にもシダレザクラがやけに白っぽく見えたもが残念である。

Simg_5961_3 夏井川渓谷のアカヤシオが丁度盛りであった。晴れていればもっと鮮やかだったかも・・。

Simg_5971 近所の旅館の庭のアカヤシオをチョット失礼してパチリ。

今日22日は犬を連れて、「21世紀の森」を散歩、先週まだ咲き始めたばかりのグリーンフィールド(サッカー場)の周りの桜も満開であった。

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それにしてもこの日は日曜日だというのに花見を楽しむ人が誰もいないのは少し寂しい感じである。まだまだ大震災の後遺症なのか復興にはまだまだ遠い、人々はまだ花を楽しむ余裕がないのか、人がいなく見てくれないのも、一生懸命咲いた桜の花が残念と思っているであろう。

今晩から雨が降り明日は一日中大雨とか、西から天気が崩れてきているので、間違いなく花散らしの雨になるだろう。

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2012年4月18日 (水)

いわきの桜(Ⅰ)

昨年は大震災の関係で東京・横浜に避難、桜は東京・横浜で観賞した。いわきの桜は4月10日には帰ってきたのでそれから満開になったのだが、再度4.11の湯の岳断層による地震が発生しまたライフライン特に水道のダメージが大きかった。

そのため毎日が給水活動に追われ、とても桜を楽しむ余裕がなく、気が付いた時はすでに葉桜になっていた。

今年は昨年の分も含めていわき市の桜の名所を訪ねてゆっくり観賞してみようと思っている。

ただ、残念なのはいわき市ではないが、富岡の「夜ノ森」の桜を見れないのが残念である。

夜の森は国道6号線から常磐線夜ノ森駅に向かって2.5kmに渡って桜のトンネルが見事であるが、原発から10km以内に位置し立ち入りが禁止されている。

駅から3分の所に夜の森公園があるが、この桜も見事であった。また夜ノ森公園の「ツツジ」は有名で通過列車でもゆっくり走り楽しませてくれていたそうだ。

駅のツツジといえば、私の脳裏には即、東京山手線の駒込駅が思い出されるが、学生の頃から新婚時代に駒込に住んでいたのでもう一度この時期に訪ねてみたいと思っている。

取り合えず我が団地の桜から

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2012年4月16日 (月)

何かおかしい日本

東京の桜も散り始めた。例年ならすでに葉桜になっている頃である。

Simg_0300 此処いわき市はやっと咲き始めこれから楽しめそうである。例年と比べるとやはり1週間は遅れているようである。

何か昨年の大震災から日本全体からおかしくなってきているような気がする。あれから最近の日本が殺伐として何か味気ない世の中になってしまったように思えてならないのである。

政治の世界は東北の復興を早くせねばならないのに、増税論議ばかりで本当にどこまで国民に対して将来の希望を持たせてくれる政策を出せるのか疑問である。

先日の北朝鮮のミサイルなのか人工衛星ロケットなのか、日本の対応は少し騒ぎすぎたわりには発射後40分も経過してからの発表ではミサイルであったらもう終っていると思わざるを得ない。

世界が北朝鮮のロケットと同じく日本の危機管理のなさを笑っているであろう。

あれだけ、原発で危機管理のあり方を問われてまだ学習できないのであれば政権交代止むなしである。

福井の大飯原発を再稼動したくて仕方がない政府の言い分は何かあっても16日間は持ちこたえられるということで安全であるといっているが何を馬鹿なことを言っているのか。

16日間で安全に冷温停止状態にもっていけるのか?大いに疑問である。Simg_0305_2

福島原発はあの3.11の地震で相当のダメージを受けたと私自身は思っている。決して津波でやられたのではない。非常用電源は津波でやられても、内部の配管等は地震でかなりのダメージであったと推測している。

あの時の政府の対応を思い出して欲しい。今回の北朝鮮のロケットの発表の遅れと同様に世界の物笑いである。

もう、イラン訪問した鳩の糞害、同様彼らと同じ国民と我々は思われたくないと恥じるばかりである。

もう、次から次に恥をさらすのは止めてほしいと思うのである。

追記
最近の私の記事も愚痴が多くなってきたことを反省いてます。毎日地震に見舞われているといくら年寄りでも堪えて来ます。特に最近また余震が増えてきました。こうゆう日が続くと何となく新聞見てもTVを見ても暗い話なのでついつい愚痴ってしまいました。

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2012年4月 7日 (土)

一年振りの出席

昨日は小名浜長寿会連合会の理事会であった。私は連合会の会計監査役を仰せつかっており、この日が23年度の会計監査も兼ねていた。

理事会は会長が出ることになっているので、私が出席するのは監査の日と、総会ぐらいの年2回である。

Simg_0285 ただ、この日は福島県は小中学校の入学式の為この日より交通安全週間がスタートの日であった。この為理事会、監査全て完了してから交通安全の出動式にも参加する破目になってしまった。

寒い間はバイクもシートを被せて動かさなかったので、久し振りにバイクで出かけた。

風が強く暖かくはなかったが、久し振りにバイクになってみたが、真冬とは違いそう寒いとは感じなかった。                                    Simg_0287

ただ、ショッピングセンターの北駐車場で行った交通安全出動式は風が諸にあったる為我ら老体にはチョット厳しかったようである。

家に帰ってきてから入力業務の仕事が入っていたのでパソコンに向かったが、キーボードに手を置いたまま居眠りしてしてしまった。約15分程度は眠っていたようだ。_ノフ○ グッタリ

Simg_0289 3ヶ月振りのバイクに乗ったせいか、肩もパンパン張っておりとてもパソコンの僅かばかりの仕事には精を出せなかった。

全身的に身体が冷えていたのか、早めの風呂に浸かり身体を温めた。

やっぱり、自分では若いと思っても、身体が云う事効かなくなってしまって居るSimg_0292 ことを改めて痛感した。

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2012年4月 4日 (水)

春の嵐

いよいよ24年度の幕開けである。もはや私にはあまり関係ないが、長年の会社勤めで身体に染み付いているせいか、何となくこの時期になると心改まる感じがする。

しかし、この年度が替わりは長い間、会社に勤めていたせいばかりではない。日本の国全体が4月が新年度である。(会社によっては決算月が夫々違う会社があるが)

身近なところでは、学校の入学式、会社の入社式、なども4月である。

長寿会の総会も今月行うことになっているが、昨年会長が換わり始めての総会になる。

まぁ、長寿会なんかはそれ程大きな問題はないが、前回の記事ではないが、4月から我々国民いろいろ仕組みが変わる。

昨日は日本海に台風並みの低気圧が発生し日本全体を暴風が吹き、何人かの人が亡くなった。

いわき市も昨日昼ごろから風が強くなり一晩中吹き荒れた。

今朝の空は汚いものを全部吹き飛ばしたように晴れていたが、風は相変わらず強風が吹きまくっている。

何か今の世の中を象徴しているような前途多難な気象になるのかと不安である。

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2012年3月30日 (金)

春が来たと云うのに・・・・

三月も彼岸も過ぎたのに何時までも寒く、やっと先週あたりからやっと春らしく感じられるようになったが、こともあろうに妻が風邪を引いてしまった。

Simg_5935 先週の木曜日(22日)グランドゴルフをやったのだが、その時風が北風で晴てはいたが、少し寒い感じがした。

妻が家の中より外の方が暖かく感じるといったので、セーターだけだったのがまずかった。

週末あたりから妻が少しおかしいと早めに寝かせたが、月曜日になって医者に行き見てもらった。

私はなんでもなかったが、次の日の朝、起きたときから気分が優れず、クシャミ、鼻水が止まらずティシュを脇に抱える始末。今度は私が医者に行き診てもらったが、医者曰く「奥さんの風邪もらったね、一緒にいるとどうしようもないんだね」と言うのだが、どうも妻は即元気になったが、うつされた私は妻のそれよりかなり重い状態である。

俗に言う「風邪は人にうつさないと治らない」ということか!(つд⊂)エーン

それにしても、ガソリンが此処に来てまた上がり始めたが、イラン情勢により投機筋が原油を買い求めて価格が上がり、此処に来て円安になりまた上がったと言っているが、ふざけた事よく言うよ。

今まで円高だったのに、円高になりましたので安くなりますと石油元売会社がそんなこと言ったか?100円、90円台が懐かしいよ。

一度170円代になったことあったが、何か我々一般庶民は騙されているような気がしてならない。130円台まで下ってそれで安定してしまったが、これはおかしいと思う気がする。

一度政府が130円台境にしてこれより下ったらガソリン税をつけ、高くなったらガソリン税を価格にのせないといったことはどうなったのだろう。

このときもう二度と130円を切ることはないだろう。このあたりが石油会社は思ったと思う。

今の政府も民主党も何にも出来ない日本にしてしまったと私は思っている。

4月からは後期高齢者の保険料引上げ、介護保険料引上げそして年金支給額引下げで0.3%下る。物価変動にに基づくものらしいが、どうしても私には理解できない。

我々の暮らしに影響するのは電気代、ガス代、ガソリン代、生鮮食料等が問題で、これらのものは最近は上がってきていると私は思っている。確かにテレビはデジタル化の為現在は下っているが殆んどの国民は昨年3月までテレビを買っていたと思う。

殆んどの国民がすでに購入している現状では幾らテレビが安くなったとしても必要以上に何台も買う人間は居ないと思う。

朝日新聞のニュースを抜粋したものが次の通りである。

「総務省が27日発表した。下落幅は09年のマイナス1.3%、10年のマイナス1.0%よりは縮小したが、11年は、地上デジタル化の完全移行(7月)に合わせてテレビなどが安売りされたほか、東日本大震災後に消費の自粛が広がり、ホテルなどの宿泊料が落ち込んだことが大きい。一方で、電気代やガス代などはエネルギー価格の上昇を受けて、前年より上がった。

生鮮食品を含む総合指数でみても、3年連続のマイナスで、前年より0.3%低い99.7だった。古川元久経済財政相も27日の閣議後の記者会見で、「一日も早くデフレ脱却をはかるのが最優先の課題。あらゆる政策を総動員するとの認識を改めて示した。 」

以上のように言っているが私はそうは思わない。一度買ったら暫らくの間、買い替えない家電のようなものが下るのは買替えブームが去れば、当然価格は下ってくるのである。

これから、起こる事態はガソリン代、電気代、ガス代、燃料が上がれば当然生鮮食料品も上がってくるだろう。電気代にしても交通機関も値上がることは必至である。

こんなことが、我々素人にも想像できるのに簡単に昨年の消費者物価が下ったから、年金支給を0.3%下げるとは、これが日本の政治屋さん達が考えていることなのか不思議でならない。

折角、やっと春が来たのに風邪が未だに抜けず、新聞見ればこの状態、TVを点ければ消費税の問題、寝ていても頭がいたいし、起きれば腹が立つし、これでは風邪も暫らく退散してくれそうもない。

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2012年3月21日 (水)

春の彼岸

今日は私の誕生日である。また一つ歳をとってしまった。今年は「春一番」が吹かずにお彼岸を向えたようである。

Simg_5931_2 暑さ、寒さも彼岸までと言うが、何時までも寒い日が続き、こんなに春が待ち遠しい年は珍しい。

例年だと庭の梅の花はもうとっくに咲いているはずだが、写真の如くまだ蕾のままである。それでも、だいぶ膨らんできており、もうそこまで春はやってきている。

3月に入ってもかなり寒く、春をスケッチしようとカメラをもって出ても春を感じさせず、春を撮ることが出来なかったが、それでも明らかに春なんだと感じさせるのは日が長くなって来ているので、植物のセンサーは明らかに春を感じ取って芽を出してくる。    Simg_5927_2

Simg_5923 我家の庭にも雪割り草の蕾も大分大きくなってきた。又「蕗の薹」も芽を出している。

この分だと、梅、桃、桜が同時に咲くかも・・・・・! 郡山に近い、三春は梅、桃、桜が同時に咲くので三春(みはる)と言うのだそうだ。

今年こそ、何となく過ぎていく日々を、ジックリ季節感を感じながら過してみたいものである。

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2012年3月11日 (日)

東日本大震災より一年(Ⅱ)

閏年の為、本来なら昨日が365日目で一年になるのだが、暦では今日が3月11日あの忌まわしい大地震と津波そして我ら福島県民を苦しませている原発事故である。

原発事故はレベル7が最高なのだが、私から言わせればレベル10と言っても過言でない事故である。

1号から4号まで事故を同時に起こして、アメリカ スリーマイル島の事故(原発2号炉メルトダウン)と同じレベル7しかも福島原発は水素爆発までしていて多くの放射能を巻き散らかしてしまった。

先ほどTVで浪江の人ひとり居ない街を映していたが、「原発エネルギーで明るい街」と書いたアーチが映し出された。キャスターの皆さんこの件に対しては何も言わなかったが、映したことは言わなくとも何を意味しているかはわかる。

ただ、私が言いたいのは避難している人達にまた浪江に戻りたいか、戻らないかのアンケートであった。戻らないという方と戻れないが60%くらいだったか、戻りたいが35%であった。

細野大臣は「一刻も早く戻れるように徹底した除染を行う」と言うが、本当に戻れるようになるのかは疑問である。

私が心配しているのはこうして手をこまねいている間にドンドン県外に住民が移動してしまっていることである。

何が今やらなくてはならないか、今まで小さな町が経済的にやってこれたのは、東京電力福島原発があり原発交付金があったからこそ、町として合併もせずやってこれたのである。東京電力に勤めて居られた方も大勢いたと思われる。

もう、原発をあてに出来ないのである。町として何か産業があるのか、雇用を促進できる企業が来てくれるのか、私の考えはノーである。

国も県も本当に戻れると思っているのか?私は戻れないと発表すると問題が大きくなり住民が必要以上に騒ぎパニック状態になると思って言わないのか?時間をかけて何年か後にチリチリバラバラになった後住民が諦めたころを見計らって帰れない宣言をするつもりと推察する。

もし、このような事を思っているとしたら、福島県の人口流失は止まらないであろう。

気候は福島県でも温暖で夏は涼しく冬はあまり雪が降らず東京が降ってもこのいわき市は雪はあまり降らない温暖な気候で、東北の湘南といわれている。

双葉郡の町より近く、今は33万人程度の人口であるが、それでも福島市、郡山市よりも人口は多く、面積も広いのである。

原発による避難者達は大分いわき市に来ていると新聞は伝えていた。私は思うにそれならいっその事、いわき市の何処かに富岡町、でも浪江でも、大熊でも町全体を全員移動すれば良いではないか。

そこに新しい町を造り移り住めば県外への流出は食い止める事はできる。

原発事故の終息は100年戦争である。戻れるならよろしいが、戻れたとしてもそこには雇用もなく、農業するにも一からやり直しである。

それならいっそいわき市と合併して、新しい町名は例えば「双葉町の人たちが住む街はいわき市双葉台とかいわき市双葉町として自分達の街の名前を残して新しく造ればいわき市にもプラスになりお互い相乗効果で良いのではないかと思うのである。

佐藤知事も「一刻も早く除染をして、早く戻れるようにして」などと言わずに一年経った今、福島県の具体的な復興計画を示すべきではないかと考えるのである。

最後に唐詩選の杜甫が詠んだ「春望」が想い出される。

国破れて山河あり 城春にして草木深し。

時に感じては花にも涙をそそぎ 別れを恨んでは鳥にも心驚かす

烽火三月に連なり 家書萬金にあたる

白頭掻けば更に短く すべて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す

大震災一周年の追悼にあたり、この心境である。

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2012年3月10日 (土)

東日本大震災より一年(Ⅰ)

東日本大震災より一年になる。私はシルバー会員、小名浜地区の会議に出席し、我々第7班の懇談会を行っている最中であった。

2時45分頃だったか、突然シルバーセンターの担当が皆さん地震が来ます注意してくださいと言ったとたんに大きく揺れ始めた。初めから大きく揺れるのは珍しく、これはただ事ではないと太い柱の脇に這っていき、この市民会館は大丈夫なのか、一階の和室にいた我々はこの会館が崩壊したら、完全に助からないだろうと思っていたが、中々地震が収まらない。

私が感じた時間は5分間位と思っている。すこし収まった頃取り合えず皆さん今のうちに表の駐車場に出ましょうとの声がしたので、靴を持って兎に角この建物から一刻も早く此処から脱出したいという一心で外に逃れた。

この日は天気が良く私はバイクで行ったので、街は大分混雑しブロック塀が至る所で倒れており、また家々の瓦が落ちてかなり大きな地震であったと感じた。道路が渋滞しているので私は山道を行こうと、山道に入り農道の道をバイクで走った。途中上からの落石であろう石を避けながら走り、家に辿りついた。

家に着くと近所の人たちが表に出ていて、向の奥さんが携帯のワンセグでTVを見ていて今小名浜の魚市場に津波が押し寄せたとその状態がTVで映し出された。

私の高校時代の友人が市場の前に家があり、魚の仲買人で食事処を営んでいる。瞬間あいつどうしたと思い携帯で呼んでも繋がらず。下の永崎海岸から我々の方に避難してきているので動こうにも海のほうにはすでに行けない状態で私が帰って来た道路だけが通れる上体であった。

妻は津波と言っても何時もの30cmか1m位と思い、山道で帰るより安全と判断し海岸線で帰ってこようと途中まできて通行止め、止む得ずもう1本海側の道に回ったがこれも駄目、この考えは私からすれば非常に危険な判断、津波が到達した後であったので助かったが、まだ通行できる状態で津波に遭遇したらクルマもろとも流されていたに違いない。

妻の携帯から連絡が入り、無事を確認してから山道で帰って来た。倅や娘、妻の実家である横浜からもうまく電話が通じ全て連絡がつき幸運であった。

その後電話回線は江名交換所から来るので地下を通ってくるのだが、川は橋の脇を通って来る為我々が話した後津波で橋が流され不通になった。

普及したのは3月31日だったと記憶している。NTTに連絡しておいたので、東京にいる時NTTから電話が普及したとの連絡があったのを憶えている。

兎に角、東京~いわき~東京~横浜と行ったり着たりの3、4月であり気持ちの中ではこの被災地を逃れて避難していたことが、私自身此処にいたとしても何も出来ないのに心は落ち着かず、後ろめたい気持ちであった。

又、断水していた水道が4月10日に普及し、その日に東京より帰って来た何となく震災前と同じような生活に戻れるかと思った矢先に4月11日に湯の岳断層が動いたとかで、またもや震度6弱の地震が来て、折角開通した水道管がまたもや破壊され断水、一度普及しただけにショックであった。

それ以後余震が日常茶飯事になり、毎日余震の連続、一年経った今もって余震が起きている。

最近は多少の地震が来ても4程度の揺れでは驚かなくなってしまった。馴れとは恐ろしいものである。

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